猛暑が続く日本をしばし離れ、極北のアイスランドとカラーリット・ヌナート(グリーンランド)を訪ねてきました。

 ユーラシア大陸を挟んで東側の日本に対して西側にあたるアイスランドは、日本よりもかなり北に位置しています。北緯65度の線が中央部を横切り、ベーリング海やアラスカと同緯度です。南極観測のための昭和基地の南緯69度と同じくらい、極北の地でもあります。
 アイスランドの首都レイキャビークの夏の気温は、暑くても20度ほど。昼間のやわらかな日射しが夜の10時近くまで続き、陽光だけでは時間の判別がつきません。

 世界で1番北に位置する島国がアイスランドと命名されたのは、氷河が目についたからでしょう。名前だけから想像すると、氷河ばかりと思われがちですが、氷河は国土の10%強を占めるに過ぎません。
 山岳にある氷河を麓から見上げると、白く輝いて見えます。その氷河を目指し、起伏の激しい道を揺られて上るにつれ、白い氷河に灰色が交じってきます。
 車を降り、氷河の先端まで歩いていくと、氷河は黒色がかっています。長い歳月の間に噴き上げられた火山灰や溶岩を中に含んでできた氷河だからです。記念に採取した氷河のかけらは、車に戻るまでにほとんど溶け、ビニール袋に残ったのは黒いつぶだけでした。

 アイスランドは、氷の島というよりも、火山の島です。全島に数多くの火山がひしめき、次々と噴火をくり返してきました。中でも1783年のラーカギーガルの噴火は、565平方キロメートルにわたって厚さ20メートルもの溶岩を敷きつめ、アイスランド全人口の5分の1の命を奪っています。
 溶岩は山地にあるだけではありません。町を一歩踏み出せば、溶岩平原が延々と続きます。おそらく街並自体も、溶岩の上につくられたのでしょう。
 アポロ宇宙船の飛行士が月面着陸を想定してアイスランドで訓練したのは、木も草もなく、ただただ溶岩の平原が続く様相が、月面を思わせたからです。

 これほどまでに火山と溶岩の島であるのは、アイスランドが地球上で特異な地点にあるためです。
 日本列島の東側にある日本海溝は、プレートがもぐり込む所です。一方プレートがつくりだされる所は、海嶺(海底山脈)です。
 「ブリューム・テクトニクス説」によれば、6千万年ほど前、ユーラシア大陸西端の地下深くからブリュームと呼ばれるマグマが地表に上がり始め、カラーリット・ヌナート(グリーンランド)をユーラシア大陸から引き離し始めたそうです。両者の間には大西洋が、中央部には大西洋中央海嶺ができました。
 その後、海嶺の北端がもり上がりだし、山頂部分が海上に頭を出したのがアイスランドです。約千万年前ほどのことです。アイスランドに草木が少なく、火山性以外の土も少ないのは、気候のせいばかりでなく、比較的新しくできた島だからかもしれません。
 アイスランドの南西部にあるシングベトリル国立公園には、地球の裂け目(ギャウ)があります。その裂け目の中に立つと、片側の断崖はユーラシアプレート、もう一方の断崖は北アメリカプレートになります。この瞬間にも足下が裂け続け、両側の断崖(プレート)が離れているのかと考えると、壮大な気持ちになってきます。(アイスランドは、1年間に2〜3センチメートルずつ東西に広がり続けています。)

 アイスランドからデンマーク海峡を越えて、世界で1番広い島であるカラーリット・ヌナート(グリーンランド)へ渡ります。
 飛行機から眺める大地は白一色。日本の6倍もの面積のうち、約80%が氷河に覆われています。氷河の厚さは平均で1500メートルにもなり、水の総量は地球上の全陸水の10%を占めると言われています。もしカラーリット・ヌナート(グリーンランド)にあるすべての氷を日本列島に積み上げれば、標高が平均で7000メートルにもなるほどの量です。
 カラーリット・ヌナートこそ、「アイスランド」と呼ばれるにふさわしい島です。それにもかかわらず「グリーンランド」と呼ばれているのは、ヨーロッパ人によって「発見」された氷の島へ、アイスランドから移住者を募る際に使われた1000年前のキャッチコピーの名残です。

 カラーリット・ヌナート(グリーンランド)では、船で氷河に向かいました。
 小さな氷片から、しだいに大きな氷片が、船の周りに漂ってきます。そのうち船よりも大きな氷山が間近に迫ってきます。ほとんどの氷山が純白ですが、透明に近い文字通り氷のような氷山もあれば、青い色をした氷山もあります。
 海の青、空の青、そして氷の白から反射された光に、氷山が青く照り映えています。真っ青な氷山が陽光を浴びてキラキラと輝く様は、この世の光景とは思えないほどです。
 フィヨルドの海面は、波もなく穏やか。氷山を巡る船旅は、静寂な中に過ぎていきました。

 深夜(と言っても遅い日の入りから数時間後)になり、氷山クルーズで着用した防寒服に再び着替え、夜空の下へと出かけました。
 上空を漂っていた雲が途切れたところに、新たに白いものが垂れ籠めてきます。横に広がる雲と違い、縦に降りてきます。真綿を引き伸ばしたようにかすかに白く、風にたなびくレースのカーテンのようです。時折青くなったり、色が変化したと思えば、すーと消え、しばらくたつとまた空から降りてきます。太陽からの夜の使者・オーロラでした。

 極北の夏に冬を感じて日本に戻れば、依然として残暑が続いています。教室のエアコンが故障してしまうほどです。ただし、猛暑の中で育った今年の果物は、どれもすばらしい味のようです。

黒い氷河 青い氷山